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東京地方裁判所 昭和33年(行)63号 中間判決

原告 岩見案山子

被告 東京都知事

主文

本件訴は適法である。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和三十三年五月七日付都陸輸第一、七三九号をもつてした自家用自動車の使用禁止およびその附帯命令書にもとずく行政処分はこれを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は昭和二十九年二月東京陸運局より移動店舖車として自動車検査証を受け、銀座、新宿等の盛り場において大型自動車内で酒類の販売をするとともに新宿駅西口を起点として東京都内およびその周辺の競馬場、競輪場、競艇場まで観衆を無償で送迎してその自動車内で酒類その他の販売をすることを業とした。もつとも昭和三十一年五月頃警視庁より東京都内の道路上に停止して販売をすることは禁止されたのでそれ以後は専ら新宿駅西口と競馬場等との間の往復途上で酒類その他の販売をしてきた。そして自動車の数は当初一台であつたが漸次増車して昭和三十一年初め以降は九台となり、従業員も現在三十五名に及んでいる。

二、ところで、改正前の道路運送法(昭和二六年六月一日法律第一八三号。以下たんに旧法という。)第二条第二項は、「この法律で自動車運送事業とは他人の需要に応じ自動車を使用して有償で旅客又は貨物を運送する事業をいう」と規定していたところ、昭和三一年七月二日法律第一六八号により改正(以下たんに新法という。)されて、右「有償で」の文字が削除されたので、原告のしていた前記事業もあらたに道路運送法に定める自動車運送事業となりその経営につき運輸大臣の免許を受けなければならないこととなつた。

三、そこで原告は原告のしていた前記事業につき新法施行の日より三十日以内である昭和三十一年八月三十日運輸大臣に対し一般(限定)乗合自動車運送事業免許申請と一般貸切旅客自動車運送事業免許申請とをした。そして右申請のうち前者については運輸審議会の議に付せられ昭和三十三年二月一日運輸省告示で公聴会を請求する者に対する公告がなされてその申請は係属中(ただし公聴会は開かれなかつた。)であり、後者については昭和三十二年十二月申請は却下されたけれどもその却下はこれよりさき原告としては原告個人の事業を法入組織による経営事業とするため同年九月昭和交通株式会社を設立し同会社について免許を得ようとして原告が右却下を希望したためなされたものであつて原告は直ちに同会社の名においてさきに原告の名義でしたと同様の申請をしその申請は目下係属中である。

四、しかるに被告は原告に対し原告所有の自動車につき新法第四条に違反するとの理由で昭和三十三年五月七日付都陸輸第一、七三九号をもつて自家用自動車の使用禁止およびその附帯命令の処分をした。

五、然し乍ら、新法附則第二項によれば、新法施行の際新法第二条第二項により新たに自動車運送事業となる事業を経営している者は新法施行の日より三十日以内に当該事業についてその経営につき運輸大臣の免許を得るための申請をした場合は免許をする旨又はしない旨の通知を申請者が受ける日までの期間は運輸大臣の免許を受けないでも当該事業を引き続き経営することができることとなつているから、原告には新法第四条の違反はなく、被告のした右処分は違法であるのでその取消を求める。

右のとおり述べ、被告の本案前の主張に対し次のとおり述べた。被告の主張事実中本件行政処分による自家用自動車使用禁止期間が現在すでに経過していることは認めるが、その故に直ちに右処分の取消を求める本件訴がその利益を欠くということはできない。何故ならば、

(一)  被告はかつて昭和三十二年八月二十七日より三十日間原告所有自家用車のうちその五台につき本件行政処分と同様の処分をしたが、その処分も本件の場合と同様その命令書には単に「道路運送法第四条に違反すると認め」とのみ記載してあつて原告のいかなる行為が同法条に違反するのか明示されていないところ、原告は原告の行為は前記請求の原因事実として主張したとおり何ら同法には違反しないと信じているので、前記昭和三十二年になされた処分による自動車使用禁止期間を経過した後も従来と同様の行為をしてきたところ再び今回の禁止を見たのであつて、将来も従来どおりの営業を継続しようとしている原告としては、原告の行為が違法かどうかについて公平な裁判をうける権利と利益を有するのであるし、

(二)  原告は本件処分がなされた当時九台の大型自動車と三十五名の従業員を擁していたところ、被告の違法な処分により原告は営業を中止するのやむなきに至り多数の従業員は路頭に迷うこととなり、原告のこうむつた損害もまた多大であるので、右損害に対する賠償請求を被告に対し求めるため本件処分を違法として取消を求める利益を有するのであるからである。ことに本件処分の対象となつた原告の行為が違法かどうかは行政指導をすべき立場にある陸運局でも明確な法的解釈を下すことはできなかつたほどであり、もし原告の行為にして違法であることが明瞭であるならば新法施行後二年間も原告の行為につき処置をとらず放置していた理由を理解することができないことにもなり、本件処分の適法性につき裁判所の判断を求めることは単に原告の利益であるにとどまらず他の自家用自動車所有者および被告にとつても極めて有益なことであるということができる。

被告指定代理人は、本案前の答弁として、「本件訴を却下する」。との判決を求め、その理由として「本件訴において原告が取消を求めている行政処分は、被告が原告に対し昭和三十三年五月十日から同年六月九日までの期間その自家用自動車の使用を禁止した処分とこれに附帯する処分であるから、右期間を経過した現在では原告は使用禁止にかゝる自動車を使用することができるのであり、右処分の取消を求める本訴は、結局、訴の利益を欠くものとして却下を免れない」と述べ、右本案前の主張に対する原告の主張はいずれも訴の利益があるものとするに足りないと附陳し、本案につき「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張事実中原告が東京陸運局より移動店舖車として自動車検査証を下附されたこと(ただしその日は昭和三十年四月一日である。)、原告が大型自動車内で酒類の販売をするとともに東京都内およびその周辺の競馬場、競輪場、競艇場まで観衆を無償で送迎していたこと(ただしその時期は昭和三十一年七月以前である。)、原告使用の自動車数が当初一台であつたけれども漸次増車して現在九台であること、原告がその主張の日運輸大臣に対し一般(限定)乗合旅自動車運送事業(無償)の免許申請をしたこと、同申請については原告主張のような経過により現在係属中であること、原告のした一般貸切旅客自動車運送事業の免許申請は昭和三十二年十二月却下されたこと、昭和交通株式会社の名において一般貸切旅客自動車運送事業免許申請がなされ現在係属中であること、被告が原告主張のような処分をしたことはいずれも認めるが、昭和三十一年初めに原告使用の自動車数が九台であつたこと、一般貸切旅客自動車運送事業の免許申請がなされた日が原告主張の日であること、その申請の却下が原告の希望によるものであることは否認する、その余は知らない。

二、原告は、自家用車として登録されている大型自動車九台を使用して自動車運送事業の免許がないまゝいわゆる乗合バスと貸切バスによる運送事業を経営していたのであるところ、右事業については新法附則第二項の適用はなく、したがつて原告は新法施行後においては免許なくして右事業を経営することはできないのである。その理由は次のとおりである。

(一)  いわゆる乗合バスについて。

原告は、新法施行(昭和三十一年八月一日)の際無償の乗合バスによる事業をしているので新法により右事業につき運輸大臣の免許を受けなければならぬこととなり、新法施行の日より三十日以内である原告主張の日運輸大臣に対し乗合バスによる運送事業経営に必要な一般(限定)乗合旅客自動車運送事業の免許を申請した。然し、右申請ははじめ無償で運送することを内容とするものであつたが、後、昭和三十二年三月二十六日付原告提出の追加申請によつてその内容を有償の運送と変更した。それであるから、無償の乗合バスによる運送事業経営についての免許の申請は右追加申請によつて取り下げられたので、結局、新法附則第二項は適用されない。なお、新法施行の際、原告の行つていたところが仮に有償の乗合バスによる運送であつたとするなら新法施行の前後を問わず免許を必要とし、新法附則第二項が適用される余地はない筋合である。

(二)  いわゆる貸切バスについて。

原告は新法施行の際いわゆる貸切バスによる事業も経営していたとして昭和三十二年五月二十二日運輸大臣に対し貸切バス事業経営に必要な一般貸切旅客自動車運送事業の免許の申請をした。然し、右申請は新法施行の日より三十日を経過した後になされ、かつ、却下されたのであるから、新法附則第二項は適用されない。なお、原告は、昭和交通株式会社が一般貸切旅客自動車運送事業につき免許を申請中であるから、原告が貸切バスによる運送事業を適法に経営することができる旨主張しているが、同会社と原告とは別個の人格であるので理由がない。

三、以上のとおり、原告が新法施行後行つていた乗合バスと貸切バスによる運送事業は有償の場合は勿論のこと無償で経営されていたのであつても新法第四条に違反するので、その理由により被告のした原告主張の行政処分には何ら違法の点は存在しない。

理由

被告は、本件訴は訴の利益を欠くから却下されるべきであると主張するので判断する。

本件訴は、被告が昭和三十三年五月七日原告の業務が道路運送法に違背するものとして原告に対してなした同月十日から同年六月九日までの期間原告の自家用自動車の使用を禁止する旨の処分およびこれに附帯する処分の取消を求めるものであることは記録上明らかなところであるから、右期間経過後である現在においては原告は右使用禁止にかかる自動車を使用することができこの意味では、右処分を受ける以前の権利状態と同一の権利状態にあるものということができることはいちおうこれを肯認しなければならない。

然し、右のような使用禁止処分は原告に対し現実に自動車の運転を禁じもつて道路運送法にもとずく政策目的を貫徹すべき効果を有するのは勿論のことであるが、同時にその処分の性質上原告に対する同法の規定に基く一の制裁処分たるの一面をも有するものというべきであるから、原告の名誉、信用等の人格的利益を侵害する効果をも有すると考えることができる。このことは、右処分がなされたことによつて原告が事実上道路運送法違反被疑者として刑事上の責任を追及されるおそれを増大せしめるのみならず、右禁止命令に違反した事実があれば期間後といえどもそれ自体刑罰の対象とされる(新法第一二八条、第一三〇条参照)であろうことからも推測することができ、その責任は形式的に禁止期間の経過によつて解消されるものではないから、右の人格的利益の侵害の効果はたんに本件自動車使用禁止処分期間内にとどまらず、その期間経過後においてもなお残存するものということができる。このような人格的利益も法律上保護さるべき利益であることはいうまでもないことであるから、この人格的利益の違法な侵害状態を排除するためには右処分の取消を求める利益を有するものと考えねばならない。

しかのみならず自動車による道路運送事業のようなものは多少なりとも継続的な事業であつて、たんに一回的な行為ではないところ、本件において原告の主張によれば被告はさきにも本件と同様の理由によつて原告に対し一定期間自動車の使用禁止処分をしたことがあるというのであつて、このことは被告の明らかに争わないところであり、本件口頭弁論の全趣旨によれば被告がこのように自動車使用禁止処分をした理由のいう如きいわゆる移動店舖車による事業は道路運送法改正の前後を通じ一貫して当然同法による運輸大臣の免許を要すべき事業であるとの見解に出るものであることは明らかであるから、このような事情のもとでは原告にして同種事業を継続しようとする限り、新法附則第二項により原告のさきにした申請に対し運輸大臣が免許をする旨又はしない旨の通知をするまでの間は、原告としては重ねて被告から同様の理由によつて使用禁止処分を受けるおそれなしとはしないのであり、この意味においては原告がその営もうとする事業活動に対する危険はなお解消してはいないのである。

してみれば被告のした自動車使用禁止処分に定めた期間がすでに経過し、原告が自動車の使用を回復したとの一事はまだ原告が被告のした右処分を違法としてこれが取消を求める利益を失わしめるものではないといわなければならない。

よつて、原告の本件訴の利益の有無に関する限り本件訴は適法であるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 水谷富茂人 秋吉稔弘)

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